二日目の宿は
遠野「民宿 曲り屋」
次の日の朝なので明るい。
ネットで調べて電話をした時、宿の人に
「こんな時期に女の人が一人で大丈夫か。」と何度も言われましたが、
「大丈夫です。そこへ伺いたいから。」と言って予約をしました。
着いた時は、午後6時。
真っ暗。
宿は市街から離れた山の中。
送ってきてくださった大沼夫妻は、とても心配そうに、
「何かあったら、すぐに電話をするように。」と言って帰っていきました。
宿泊客はゆうえい一人。
裸電球がいくつかついているだけの薄暗い宿。
70代のご主人と、息子さんと娘さんが暖かくもてなしてくださいました。
一人分の鮎
燗酒
宿のあちらこちらに、
「部屋では、禁酒、禁煙、10時消灯の事。
守らなければ
市中引き回しの上、斬首の刑に処す。」と書いた紙が貼ってあるのです。
今なら、笑えますが、その時は、
「わかりました。」という感じでした。
部屋は、障子。下の方が、ガラスになっていて、電気を消したら座敷童がのぞいているようで、恐ろしくて恐ろしくて。
宮沢賢治記念館の館長が拾ってくれた、杉ぼっくりと松ぼっくりの絵を何枚も何枚も書きました。
テレビもラジオも新聞もない宿。
電気をつけていたので、怒られたらどうしようと思いながら、
「消したら眠れません。」と、言おうと決めました。
それでも、いつの間にか朝。
7時に食事をして、タクシーで遠野駅へ。
見送ってくれた息子さん。
でも、
とても良い思い出になりました。
岩手の山村の昭和の頃の生活を守り続けていらっしゃる宿。
又、行きます。
今度は、もっとゆっくり囲炉裏端に居て話をしよう。
朝ごはんのひっつみ汁、美味しかったです。
晩御飯も、いっぱい作ってくれたのに、ほとんど食べられなくてごめんなさい。
一人の客に、いっぱいあちらこちらにストーブをいれてくれてありがとう。
遠野は、零下17度でした。
駅までのタクシーの中から。
釜石線の車中から。
釜石線は、銀河ドリームラインと別名があります。
もちろん、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」からです。
どの駅にも、エスペラント語の名前がついていて、
写真のような、星がてっぺんについた、駅名があります。
夢のようでした。
花巻駅 Ĉielarko(チェールアルコ:虹)
似内駅 La Marbordo(ラ・マールボルド:海岸)
新花巻駅 Stelaro(ステラーロ:星座)
小山田駅 Luna Nokto(ルーナ・ノクト:月夜)
土沢駅 Brila Rivero(ブリーラ・リヴェーロ:光る川)
晴山駅 Ĉeriz-arboj(チェリーズ・アルボイ:桜並木)
岩根橋駅 Fervojponto(フェルヴォイポント:鉄道橋)
宮守駅 Galaksia Kajo(ガラクシーア・カーヨ:銀河のプラットホーム)
柏木平駅 Glanoj(グラーノイ:どんぐり)
鱒沢駅 Lakta Vojo(ラクタ・ヴォーヨ:天の川)
荒谷前駅 Akvorado(アクヴォラード:水車)
岩手二日町駅 Farmista Domo(ファルミスタ・ドーモ:農家)
綾織駅 Teksilo(テクシーロ:機織り機)
遠野駅 Folkloro(フォルクローロ:民話)
青笹駅 Kapao(カパーオ:カッパ)
岩手上郷駅 Cervodanco(ツェルヴォダンツォ:鹿踊り)
平倉駅 Monta Dio(モンタ・ディーオ:山の神)
足ヶ瀬駅 Montopasejo(モントパセーヨ:峠)
上有住駅 Kaverno(カヴェルノ:洞窟)
陸中大橋駅 Minaĵo(ミナージョ:鉱石)
洞泉駅 Cervoj(ツェルヴォイ:鹿)
松倉駅 La Suda Kruco(ラ・スーダ・クルーツォ:南十字星)
小佐野駅 Verda Vento(ヴェルダ・ヴェント:緑の風)
釜石駅 La Oceano(ラ・オツェアーノ:太洋)
釜石線から、三陸リアス線に乗り換え、終点まで行き、又引き返して、釜石線で盛岡に出ました。
三陸リアス線は、トンネルばかり。
演歌の世界を期待して乗り込みましたが、太陽が燦々。
2泊3日の岩手の旅行が終わりました。
大熊さん、ちゃうちゃう。
大沼さん、由樹さん、ありがとうございました。
来年の5月、展覧会お願いしますね。
細胞の一つ一つに、スターダストが入り込んだ感じがしています。





























