ショパンが滞在していた家の庭。
前日、ポーランドでの最後のホテルはワルシャワノボテル。
トルンから2時間かけて到着。
勿論すぐにレストランへ直行。
ツアー仲間のお二人がバースディ。
旅行社からのケーキが用意されていました。
お一人は、姉妹で参加されていました。
喜寿だそうです。
破顔。
満面のはじけた笑顔。
素敵でした。
お一人は、36歳の背の高い男性。
ツアーが始まってすぐから、おばちゃま女性軍は
「大輔くん、大輔くん。」と。
物静かで、優しいナイスガイ。
飲めないのが少々物足らなかったけれど。
全員でハッピバースデイの歌を歌いました。
ケーキが最高に美味しかった。
食事の前に出して欲しかったな。
何でかって?
ご想像の通り。
ショパンの家の一部屋
前日、トルンからの帰り道、バスの中で伊藤添乗員が、
フジコ・ヘミングが弾くショパンのCDをかけてくれました。
ちなみに伊藤添乗員は、「雨だれ」が一番好きだそうです。
旅行者たちの子守唄になったのは言うまでもありません。
≪ショパン≫
幼いころから、独学でピアノ演奏の技術を身に付けた。
バッハ、ヘンデル、モーツアルトのテキストに用い、この3人の偉大な音楽家に対する尊敬は終生変わらなかった。
ポーランドを愛した彼ではあったが、幾度かの政変で、
研鑽を積むために出国した先から一度もポーランドに戻らなかった。
一度は、世界からポーランドという国は消えてしまったり、分裂されて、他国に属されたりしたが、
ショパンは、再びポーランドが独立国家になるのが夢だった。
彼の詩情は、彼一人のものではなくポーランド国民全てのもの。
ショパンは、愛国者として闘い、そして死んだ。
ショパンは、生きてポーランドへ帰らなかったが、ショパンの心臓は、聖十字架教会に埋葬された。
Hirokoさん、9月末来阪されます。
たこ焼き食べます。
ショパンの住んでいた家のカーテン。
ショパンがこんな運命を辿っていたなんて、、、。
ショパンの曲から、とてもロマンチックな人生を送った人と思っていた。
女流作家ジョルジュ・サンドと熱烈な恋愛をしている。
良かったなあ。大恋愛してくれていて。
ショパンの住んだ家の庭はイングリッシュガーデンのような感じでした。
大きな樹木も一杯だけれど、地面を這う小さい花もいっぱい。
この後、聖十字架教会でショパンの心臓に挨拶をして、
ワジェンキ公園でショパンの像をみて、
ワルシャワ空港へ向かった。
ワジェンキ公園