2016/01/29

大雨の中を京都へ。阪急電車の西院下車。

上田普先生

今月から月に一度、上田先生に書を習う事に。
習うなら一流の先生に。
遠いけれど、月に一度なら。

上田先生と菊地ルイちゃんとこが近いと聞いていた。
今回はルイちゃんの工房探訪を兼ねた。

ルイちゃんの工房

赤いカッパの下は和服。
抹茶を点ててくれた。

るいちゃん自作の作業用テーブル。

ルイちゃんの作業をしている後姿をルイちゃんが彫った。
「削るの好きなんです。」
良いでしょ。

縁側には落ち葉。


真面目な顔のるいちゃん。
瞬間。
今回は体験。

るいちゃんはみんなから好かれている。
一生懸命だから。
ゆうえいには正しい敬語。
長い間海外で暮らしてきたから
どんなに勉強したのだろう、と思う。

上田普さんの家での、一生懸命ながらも
リラックスしている様子のルイちゃんをみた。
なんか、そおうっと嬉しくなった。

るいちゃんの濡れた足をみて
上田夫人のなおみさんがソックスを持ってきてくれた。
温かかったやろね。
良かったね。

観光地の京都しか知らないゆうえいだが
今日は、その時その時の良い時間が流れた。


京都でただ一人の硯職人「林京石」作。

赤字は先生の字。


家人に、先生のお手本を見せたら
「わあっ!」と美しい字に感動した。
「僕もやりたい。」って。

又来月。

巻紙に小筆でさらさらと書きたい。
何とかの手習いである。

2016/01/25

「さくらや骨董祭り produce by yuei」・・・。もろもろ骨董話。

櫻屋さんの末松誠様。
元日経新聞の報道カメラマン。
日経新聞ということから、あまり恐ろしい現場には行かなかったそう。
世界各国を取材されながら古い物と出会われてきた。


初日の骨董もろもろ
「初期伊万里から柿右衛門様式へ」         
末松 誠
2016116

<初期伊万里> 「ヘタウマ絵」
粗放な作りながらも力強く躍動感あふれる装飾の魅力が高く評価されている。
李参平(文禄・慶長の役で朝鮮半島から連れてこられた陶工)が1610年頃に有田の泉山で白磁鉱を見つけた。唐津焼の陶器窯での試行錯誤の結果ではないか。
佐賀県、長崎県一帯に100カ所くらい窯跡がある。(「肥前陶磁」ニューサンエンス社 大橋康二) ①釉薬の生掛け ②三分の一高台 ③指あと 写真 正面ウサギ皿(猿川窯)



「有田」は生産地、「伊万里」は輸出港の地名なのだが「イマリ」が通称になった、江戸時代には「今里」「今利」とも表記されている。学術的には肥前陶磁といわれている。

<柿右衛門様式>1650年代にはめざましい技術革新で中国レベルの薄い磁器ができるようになり、1659年東インド会社から大量発注を受け国際商品として認められた。
・実物 白磁陽刻紋輪花皿(大森さん所蔵) 延宝(167380)年
 濁し手(米のとぎ汁の白)、口紅の茶色、高台の目跡。
・貿易陶磁として東インド会社により、ヨーロッパへ輸出されブームになった。
当時はオランダのデルフトで軟質陶器に白い釉薬。
欧州の磁器ができるのが、18世紀、独・マイセン。フランスのセブール、リモージュがまねる。
1640年ごろから、中国は明末清初の混乱期、1656年海禁令。
景徳鎮で作っていられないし、輸送も困難になった。というラッキーな時代。
18世紀に伊万里は国内向け量産品の時代に。

・呉須(コバルト、回青)は中国から輸入品。初期の砂目高台は朝鮮から。
・わずか、402世代でこれほど技術革新が進み完成度が上がるものか。


2日目はこのような形で始まった。
たくさんの差し入れをいただきながら失礼な話である。

こんな感じ。
なんて贅沢な話か。


2日目の骨董もろもろ
「天目茶碗(建窯)とショウ(サンズイ偏に章)州窯」  

末松 誠 
2016117

20108月 中国福建省の北部の建窯と南部のショウ州窯を訪れた。
福建省は中国東南部、台湾の対岸。面積は日本の本州の半分ほど
中国茶で有名な武夷山、客家の円楼が知られている。
関空からアモイへ4時間のフライト。

<建窯(けんよう)>
 福建省建陽県水吉(すいきち)鎮 
武夷山の南、福州から高速道路で5時間ほど。
 大路後門一号窯が復元されている、135.6㍍の世界最長の窯跡がある。

東洋陶磁美術館の国宝油滴天目茶碗(123世紀)のふるさと。
宋時代に日本では鎌倉時代に禅宗の僧が、中国へ勉強に行って、お茶を伝えた。
鉄分が多く、天目台に置く。

<ショウ州窯>
福建省南部のショウ州市、近畿地方ぐらいの範囲に窯跡が散在する。
平和県のシュウ州窯博物館を訪問した。
1580年から1615年まで。
この地方の陶工が景徳鎮で働いていて、景徳鎮が稼働していない時期に働いた
景徳鎮が官窯で完成度が高いのに対し、ダイナミック(粗雑)な印象)を与える。呉須染付、呉須赤絵。
黄瀬戸、織部、青手古九谷の源流。―「華南のやきもの」根津美術館 西田宏子副館長。


・実物で見る、高台(底)部 カンナ削り日本と中国のちがい。
中国 鉄カンナ   硬い
日本 木、竹カンナ 軟い
但し、日本でも中華が流行する時期があり、幕末からは鉄カンナの使用も多い。


「話は脱線し放題、話したいことは迷走して何処かへ行ってしまうことが
多いので、作ったメモです。」ということでしたが、
このようなレジュメをいただくと余計にわかりやすい。

しかも実物を見せていただきながらの話である。
陶片の話、おもしろかったわ。
何百年も前に脳も心も飛んで行った。

講演の合間合間の話が楽しかった。
お客様が来られたら、丁寧に何度でも教えてくださった。
大きな身体でボソボソと語られる。
聞き漏らさないでおこうと必死だった。
さすが直子さんの連れ合い。

2016/01/20

「さくらや骨董祭り produce by yuei」・・・。終了いたしました。色々な方から、写真をいただきました。

さくらやさんの社長直子さん。
そもそもこの方とお出会いしたのが始まりでした。

初日の骨董もろもろ話。
元日経新聞の報道記者だった自称買付係の誠さん。
古伊万里の話面白かったです。
レジュメも作ってきてくださいました。
又、報告いたします。



大勢の方がいらしてくださいました。





里の母が買ってくれた伊万里の杯台。
これをお話の会で使うのをすでにイメージしていたらしい。
「このようにしたよ。」と写真を送ってきました。



これは二日目。

初日の写真なし。



二日目の陶片の話も面白かった。

三日目とうとう切れました。


いっぱいありがとうございました。

皆様本当にありがとうございました。

2016/01/16

「さくらや骨董祭り produce by yuei」・・・。祭りが始まります。


職人達の技、熱意、汗を拭う男達の横顔まで想像してしまう。



洋食器もございます。



お待ちいたしております。

2016/01/10

「さくらや骨董祭り produce by YUEI」・・・。少しづつですが搬入がはじまりました。

べろ藍の大皿。
直径は50センチくらい。
かっこいいです。






時代はそれほど古くないし、
へたりや、ホツもあります。

骨董というと、もしかしたら違うかもしれないけれど、
この筆使いとか、この柄。
なんとも愛らしい。

買ってこられた直子さんの女性らしさを感じます。

直子ママに比べて
パパのコレクトされたものは面白い品が多いと。

豆皿、蕎麦猪口もたくさんあります。

皿掛けが出来ました。
ここに大皿が入ります。
3枚くらいかな。

とにかくお祭りです。

ワッショイ!ワッショイ!です。

2016/01/07

いつのまにやら七草。今年のギャラリー佑英。

今年の七草粥

スーパーで売られている七草粥ほど、
もったいないと思う食品はない。

我が家は、先日奈良で貰ってきた大根と白菜の芯をみじん切りにして
お粥をこしらえた。
正月用に買っていた花菜と三つ葉、柚子の皮。
餅を焼いて醤油をつけ、もう一度焼いたのも入れた。

さて皆さん。
昨年は、ギャラリー佑英、走りました。

本年。
1月16日~18日まで
「さくらや骨董祭り produce by YUEI」始まります。


ワッショイ!ワッショイ!という感じの中でも
クオリティの高い品揃えでおおくりいたします。

と、申しましても、ゆうえいは普段使いの骨董が好き。
値打ちはいりません。

お正月にお届けしたチラシを見た方からメール。
「ふくら雀の夢を見た。台湾の食堂で、その豆皿が半分に切って使われていたのよ。」

やはり骨董好きで、あちらこちら見て回っている人からは
「白のそばちょこ、ねえいくら?」

何人かの人はフライングすると、堂々と言ってきました。

もちろん、ゆうえいにはまだお代はわかりません。

でもこの乗り嬉しいなあ。

櫻屋さんの旦那さんの講演もあります。
新聞社のカメラマンとしてあちらこちら廻られた方なので
どんな面白い話を聞く事ができるでしょう。

盃片手に楽しみましょう。

何か持ってきてくれたら嬉しいです。
酒のあて。

ご自分の分の座布団も。

もちろん身体一つ。これが最高です。

随時乾杯します。
えらいことになったら、これが最高!

佑英の展覧会に皆で来てくださった時。
白いセーターのお二人が
櫻屋さんオーナー夫妻です。
夫人の直子さんの個性がキラリピカリドカーン素敵です。

2016/01/03

あけましておめでとうございます。





大好きな品だけ作り骨董のお重に。

長男はかなり面白い。
ナイスガイです。

家人と二男。

今年は、二男が結婚したので妻も一緒。
写真がない。

お祝い後、皆で、柿の本人丸神社へ初詣。
あまりの人に負けた。遠くから二礼二拍手一礼。
舅の墓参りを。
良いお天気。夕焼けが美しかった。

正月の夜はてっちり。
3年ものの淡路のふぐ。
あれだけ皆が喜んでくれたらはりこんだ甲斐がある。

我が家の二日目。
とろろ。
すまし雑煮、焼き餅と水菜。

洗い方は家人。
ゆうえいはお絵かき。カオ。

ゆうえい夫婦と二男夫婦、一緒に奈良へ。

妹葉子が二男夫婦の為にお祝いのケーキを焼いてくれていた。
不覚にも泣きそうになった。

本当にありがとう。





総勢何人いたかは定かではない。
亡き父はあちらこちらに引き回されていた。
酒を無飲まされたり、チューされたり、コンコンと語られ続けたり。

可愛いエミちゃんと家人。

まあこんな感じで毎年のように
ほぼ全員ベロンベロンに・・・。

正午過ぎから始まった宴は午後9時過ぎに終焉。
ゆうえい達はお泊り。
爆睡。

次の朝は墓参りをして、おばちゃんの顔を見て帰路へ。

奈良の帰り、本当に帝国ホテルさ寄って、
ブルーのグローブを買って貰ったよ。

めちゃかっこ良いです。



様々な事が繋がって、繋がっていく。
そんなあたりまえの事を幸せと思う。

楽しいお正月は終わり。