2011/05/31

植松永次展ー木漏れ日の中でー。


植松永次展

ー木漏れ日の中でー

2011年5月28日(土)~6月8日(水)

阪急三宮の駅から北へ、山手幹線のにしむら珈琲からハンター坂へ。
左手に、安藤忠雄さん建築のビルがあり、その地下1階がギャラリーです。


ギャラリーの最初からのお客様の上野さんが、長い間されている刺繍の展覧会へ、
たまたま来ていた、陽本っちゃんを誘い行ってきました。

「内矢会展示会」
内矢先生と生徒さんによる展示会です。

毎回伺いますが、みな凄い作品で美しい。
ゆうえいは、見ているだけで肩がこりますが。

上野さんはご主人を亡くされ、寂しい心を埋めるように、日々布に針を運ばれていました。
作品は、カフェテーブルと小さな箪笥。
可愛い小花が少しづつ顔を見せていく様子に随分と心を和まされたことでしょう。

上野さん ゆうえい 陽本ちゃん

new

2011/05/30

あめあめ降れ降れ・・・。おnewのアンブレラ。

おフランス製の大きなアンブレラ
大雨だって、相合傘だってできちゃう。
本物は100倍素敵。

定休日の今日、
マダム石倉とマダム恭子と三人で、バーゲンに。

すごく楽しかったです。
だいたい想像がつくと思いますが、
その通りのおかしさ。

最近、ゆうえいは、どこかへ行く時、誰かが一緒。
少し前までは、たいていの所へ一人で行っていたのに、誰かと一緒って楽しい。
もう一人でどこへも行けなくなってしまったかも・・・。

あっという間に4時間が経過。
腰が痛くなった。

「お茶しようかあ。」は、もちろん、ビール。
すぐ近くのベルギービールの「フランダース・テイル」へ。





ワンコは嫌いだけれど、このパックは凄く気に入った。

2011/05/29

ギャラリー近くの話題のフレンチレストラン「Godaille」へ。

すっごく行きたかったフレンチレストラン「Godaille」
噂に違わず本当に美味しかったです。
マスターが素敵でした。
一人で全部されています。

ワンコが表で迎えてくれます。
ゆうえい、少々カナンかった。

メロンのポタージュ
こちらは、フルーツのスープ、ドレッシングが特徴。


数種類の魚のマリネが入ったサラダ

エビとイカのテリーヌ

コーヒー 美味しかった。

器が美しくて嬉しかった。

こんど、ここのレストランで貸し切りの料理教室をしてもらいます。
8人から10人で良いそうです。

みなさん、一緒に行きましょ。

2011/05/27

「Brocante 141」の準備が早く終わりましたのでちょこっと裏へ。

ニジマスのおつくり。
ほっぺが落ちました。

明日、「Brocante 141」第3回目。
「Brocante 141 Poum」

まだ3回目と言っても、もう3回目。
準備の手も早くなり、提供品を持ってきてくださった辻本さんを誘って、
ちょこっとだけ裏の「安土」さんへ。

赤こんにゃく、タケノコの煮物、どれもみな美味しかったです。

2011/05/26

炭焼きの焼肉屋さんへ行って、マッコロリを飲みすぎて撃沈。そして、朝から激怒!

店の前で炭をいこしている。

昨夜は、炭焼きの焼肉屋さんへ。

どんなものでも、少々食材は悪くとも、炭で焼いたら美味しい。

お箸が良い。


マッコロリをがぶがぶ飲んで酔っ払いました。
この手は息子の手。


お面がいっぱい。


ぬくぬくのチャプチェが美味しかった。


今朝ニュースを見ていたら、橋本さんが、国旗掲揚しない人を罰する条例を作るウンヌン。
びっくりして朝ごはんを食べていた箸を落とした。

私だって、日本が大好きだし、オリンピックの時に国旗が揚がったらメチャクチャ嬉しい。
テレビの前で立って万歳する。

美智子さんのことも大好き。
大尊敬している。
「はじめてのやまのぼり」
大好き。
まどみちおさんの事を書かれた文も何度も読んだ。
だが、それとこれとは違って、
まだ、自分たちの親の世代にはあんなつらい戦争があった。
遠い昔の事ではない。

「おひさま」
最近、涙なくしてはみられない。
戦争は嫌だ。
ものすごく悲しい。
もし、軍隊が出来て、若者たちを連れて行ったらどうしよう。
そうなってからでは遅い。

国旗掲揚を強いるというのは、右向け右をさせるということに繋がるでしょう。
同じ方向を向かされるという怖さ。
知らず知らずのうちに、目に見えない太いものに巻かれていく怖さ。

長男が小学生の頃、学校の創立記念日に記念品を買うからと言って、PTAの人達が寄付金を集めに来た。
何に使うのか聞いたら、国旗掲揚台という事だったので寄付はしなかった。

国がコソコソと裏で画策しているということは、今回の原発の件でもわかる。

若者たちに愛国心を与えるためらしいが、形だけさせてどうなるの。

以前、トルコ人のMr.オスマンと話をしていた時、
「トルコの国旗は、国の為に戦って死んだ人たちの血の色です。」ということを聞いた。
まだ30歳そこそこの青年である。

今の日本の若者は、そんなことを思っているだろうか。

きっと興味もないだろう。

国旗掲揚の時が来たら、一応立って、下を見て、携帯メールをしているのがオチだ。

「砂の上に家を建て・・・。」だ。

掲揚しない人を罰するより先にしないといけないことがいっぱいあるでしょう。
考えることをしなくなった若者たちを育てて、大人は何を考えているんや。
恥を知れ。

2011/05/25

なんちゃって骨董の写真・・・。取り戻しました。

西側、大阪教会に隣する壁を塗装中。

4階建ての高くないビルといっても凄い。
ずっと見ていました。


お向かいの結婚式場のツル薔薇。
あこがれます。

いつぞやのブログ、
「なんちゃって骨董でこんなに楽しんでいます。」に使った、写真を全部消してしまっていたのです。
それもピカサからも、ウエブからもごみ箱からも、カメラのメモリーから消してしまった。
だからずっとペケ印。
そのままにしていたのですが、
見つけました。
グーグルの画像から。
汚い写真になっていましたが。



2011/05/24

いろんな事。少々恥ずかしいが、記事を一晩寝かせることをしないで出しちゃう。


家人の知人が届けてくれたカラー。

ご自分の畑で咲いていたのを持参してくれた。

メインの届けものは苺。
地の苺。

一年に一度だけ作るイチゴジャム。


久しぶりに一日予定のない日、と言っても、午後8時からのゴルフスクールと、温泉と、
ランチに、次男と、近所の、焼きそばと、中華そばしかメニューがない食堂に行った。

次男が先日、芦屋で暮らす長男と会って、
二人で、その食堂を懐かしがった、ということで、
次男に誘われ、雨の中出かけて行った。

家族が揃って生活していた頃の事が話題になったと聞いただけでなんだか嬉しい。
出てきた焼きそばを長男に写メールしていた。

次男は、東京で6年一人暮らしをしていた。
ラッパーになる夢を持って頑張っていたが、この4月に
「歌わないことにした。東京はもうイヤ。」と言って自宅に戻ってきた。
何があったのかわからない。
過保護のつもりだが、以前から
聞くことはするが、問うことはしない。
いつか話してくれるだろう。

少し前に、大好きな高校時代の友達のアキちゃんのブログに
ちょうど、彼女の息子の事が書いてあったので、
「ゆうえいの息子は帰ってきました・・・。」とコメントしたら、返事に素敵な言葉をくれた。

マダムゆうえいさま 耕助へのエ-ルありがとうございます。
「ゆめ」というのは厄介なもんです。無いとつまらないし、あると厄介だし。
でも厄介な人生は生きてる手触りがあると思うんだ~。
手触りって実感するってことかな。そのあたりで子ども達が思い出させてくれてますよね。
息子どのこれからまた、どう変化していくか楽しみやな。

本当にそうよね。

我が家の息子は、又新しい夢を持って、一歩前進した。
明日から2か月の研修という。
良かった。
夢に向かって進んでくれる。

彼が小学生の頃からゆうえいは働いていたので、
もっと関わりたかったと、ずっと後悔ししていた。
東京へ出て行った時に、もう一緒に暮らすことはないだろうと思っていた。

今、
「いつでも僕の部屋に来て良いよ。」なんて言ってくれるものだから、
毎晩、自室に行く途中の息子の部屋に必ず入っていき、しばらく話したり、本を読んだりしている。
彼は、必ず一つしかないクッションを貸してくれる。
「何でここで本を読むのよ。」って笑いながら言われたりする。

昨夜は、叱られた。
「あのね。歯磨き粉、まだ残っていたのに捨てたやろ。
ディカプリオも同じことをして、ロバート・デニーロにメチャクチャ暴力を受けた。
僕は、あの映画を見てから、少し残っているものでも絶対捨てないようにしている。」

叱られながら嬉しかった。

先日、友人のバースディパーティだと言って遅い時間に出かけて行った。
ゆうえいが、朝起きると、キッチンの床で酔っ払って寝ていた。
周りに冷凍食品の焼き飯のようなものが幾袋も転がっていた。

夜、酔いから覚めていた彼が言ったのは、
「帰って食べるものが無かったら困る。」

東京を引き上げてから、一切、お総菜や、冷凍食品、ファーストフードの類は食べないと言っていたが、酔って一人暮らしだった頃に戻ったのだろう。

一人で、6年もの間、頑張ってたんやろな。
いろんな事あったんやろな。

きっと、それほど長い期間、ここにはいないだろう。
今度送り出す時、決して後悔しないようにベタベタ舐めまわしておこう。
「絶対的な味方がここにはいるよ。」ということを骨身に沁みさせよう。

いい年をしている息子に対して本当に過保護と思う。

でも、いつか、親よりも大切な、可愛いお嫁ちゃんが来たら、
その時は、心から両手に乗せて
「どうぞ。」って渡すから。
決してママからは声を掛けないから。
約束する。

2011/05/23

田中智子さんの展覧会へ・・・。

展覧会の中を少しだけ

京都縄手通りの画廊で、開催中の
田中智子さんの「本のとなり 私のとなり」を観に行った。

本が大好きな田中さん。

「どんな本が自分に影響を与えたか?」
「好きな本を10冊あげるとしたら?」

というようなテーマを投げかけている。




ギャラリー佑英で展覧会をした作家が、
他所のギャラリーでやっていたら、気になって仕方がない。
展覧会場で元気な顔を見たらホッとする。




展覧会に行く前に、せっかく京都へ来たのだからと、久しぶりに廣隆寺に写真を撮りに行った。


嵐電の中から
大変な雨だ。





太秦廣隆寺で下車


大酒神社


以前は喫茶店。
今は不動産屋さんになっていた。


門を入ってすぐ左手の凄い木






紅葉の種。

雨上がりの五月の緑。



廣隆寺の仏像
薬師如来、十二神将、日光月光菩薩、弥勒菩薩とたくさんいて、どなたもみんな美しい。

不空羂索観音立像、千手観音立像、千手観音菩薩坐像
これらの三体は、天井につくほどの大きさだ。

千手観音菩薩坐像は最初は、42本腕があった。
何本かの腕は肘のところから焼けてない。
指先まで残っているのは、二本だけ。

何百回この前に座っても涙が出るだろう。

先日、
欲しかった単眼鏡をいただいた。
遠くて暗いところの仏さんの顔がはっきりと見える。
もちろん廣隆寺にも持って行った。

20㎝の近くのものにも焦点が合うし、レンズが明るいという高度なものだ。
高かっただろうに。



真っ暗なお堂の中の仏さんがしっかりと見えた。
これを写真で撮れたら良いけれど、撮影禁止。

どんな風に見えるって?
これは、写真の仏像ですが・・・。

単眼鏡にカメラをくっつけて撮りました。
綺麗でしょ。








2011/05/22

改装に入っています。ギャラリーが入っているビルですが・・・。

こういう事になっています。

昭和39年に建てられたビルが、初めての大改装。

大切に守ってきた人達の手によって、丁寧に少しづつ手をかけてきた風のビル
と、いうのがコンセプト。

同じビルに約14年事務所を構えていらっしゃる
株式会社アトリエワオンさんにお願いしました。

アトリエワオンさんとは、平素から親しくさせていただており、又、建築に対する姿勢、センスには常に一目おかせていただいておりました。
たまの酒席もご一緒したりして信頼関係も完璧。

「全部任せます。」と言ったものの、
「だめです。一緒に考えましょう。」という社長の田中さんの言葉に、
「ああだ、こうだ。」の時間を長くとらせていただいています。
「とにかく個性が大事です。」と田中さん。

本当に楽しいです。

アトリエワオンさんの行っている注文住宅の、建築、設計のメインはオープンシステムというものです。

今回の改装もオープンシステムです。

施主が直接、改装に関わる業者さんと、契約します。
例えば、左官屋さ、電気工事屋さん、タイル屋さん、水道工事屋さん、解体業者さん達と、それぞれと契約します。
不透明な部分がとりのぞかれ、とても安く請け負ってもらえます。
分離発注と言います。

アトリエワオンさんが、1つの業種を何軒かの業者の中から価格、仕事の質など多方面から選びます。
そして、その仕事を統括して、設計、手配、監督等々をします。

オープンシステムの詳細は、アトリエワオンさんのホームページから見て下さい。

廊下の床がまだ決まりません。
「これで行きましょう。」と決めたのに、次の日社長が来られて
「異論が多く出ましたからもう一度考えましょう。」と言うのです。
アトリエワオンさんのスタッフの方々も熱心に考えてくれています。
「我が家」と思って考えてくれているのが伝わります。
そこへ、又、ゆうえいが、
「この間はああ言ったけれど・・・。」なんて事を言うものですから・・・。

外壁、エントランス、トイレ。
全てこんな風に進めています。

これは、決して、アトリエワオンさんが入っているビルだからではないと思います。
どこの仕事もこういう姿勢で臨まれているのです。

このビルは、古いので、
床を剥がし、少し削っただけで水か止まらなくなりました。
水道の元栓を止め、断水させ、各トイレにポリバケツに水を入れて運んだり。もちろん、ゆうえいが、ではないです。

天井をめくったら、とてつもなく古い電線が現れ、どれが生きているのか、調べる事も発生したり。

ガス漏れが発覚。
慌てて大阪ガスが出動したり。

きっとスリル満点でしょうね。
ゆうえいは、安心しきって、のんびりとかまえていますが。

でも、何があっても改装は完成するでしょう。

本当に楽しみです。

屋上の手摺だけグリーンに塗ってもらったり、ゆうえいの窓の下に、素敵なタイルで植木鉢をスポッと入れる棚のようなものを作ってもらったりします。

とは言っても多数の異論があったらストップです、
又話し合います。
異論を唱えてくれる人達は、知識があり、しかも、このビルが良いように変わる事をしっかりと考えてくれている人達なのです。
ちゃんと耳を傾け、そして、こちらの意見もしっかりと伝えていきます。

本当に楽しみです。

足場が組まれテントで覆われた少しムシっとしたギャラリー。
今日も又、とても楽しかった。

「brocant 141 poum」と提供品がドッと来ました。

それから、偶然同じ時間に居合わせた人達で、
「brocant 141 poum」の時に買って下さった方へのプレゼントにする折り紙をしました。

男性お一人は、かしましい女性群の話に時々チャチャを入れる役。
ゆうえいは折り紙は手が痛くなると言って何も役立たず。

女性群のおしゃべりは、ほとんど通じず、終わることもなく、
差し入れの稲荷寿司やら、パンデュースのパンやら、ワインやら、ビールが益々おしゃべりに拍車をかける。

その楽しい事たのしい事。

涙を流して、椅子から転げて笑っていました。

ありがとうを百万遍。




2011/05/20

昨日起こったいろんな事をたらりたらりと。

意味の無い写真
明るすぎたけれどおもしろい。

昨日は朝から、
先日、バウル・クレーの帰りに買った清朝の写しの染付、二つとも落として割ってしまった。
木端微塵。
一度も使っていないのに。
しかも、以前のブログを読み返していたら、
「なんちゃって骨董で楽しんでいます。」のブログの写真が×印。割れた骨董の写真も全部削除してしまっていた。ごみ箱からも消えていた。カメラのメモリーからも消えていた。
まあ、陶片を得た、と思うことにした。

数日前から左足が痛い。
ギャラリーと同じビルに入っているリンパマッサージの陽子さんにお願いする。
至福の一時間。

2時前にいらっしゃるというお客様があったのでギャラリーへ。
楽しいひと時を過ごした。

3時過ぎには、Eijiさんが、女性お二人を伴い来廊。
この模様は「Brocante 141」のブログで。

楽しい会話が弾み、少々御酒も入った頃に立嶋滋樹さんが来られた。

何度かブログにも登場した、菜彩の陽本ちゃんところへ食事に行こうという事になり、とにかくは、陽本ちゃんに電話をした。

びっくりした。

「昨日でやめた。」という返事。

「ナニー!5月いっぱいするって言ってたやんか。」
「ちゃんと知らせんかい!」と、えらい勢いで怒ると
「ママ忙しそうやったやんかあ。」と。

そう。菜彩が店をやめました。
すごくこだわって美味しい食事を提供してくれた菜彩が終わった。

終わるまでに、だれか誘って行こうと思っていたが、まさか。

「陽本ちゃん。ごめんね。ちゃんと話を聞いてあげていなくて。」

どうしたら良いのかわからない。

とにかくビールを飲まないと。

Eijiさんに誘ってもらって違う店で5人で駅前の居酒屋でいっぱい。

楽しかったあ。
いっぱい話した。
「又、こんな集まりしよう。」と嬉しい言葉をもらう。

フラフラとギャラリーに戻り、原発の話なんかを少しして地下鉄へ。

一人になって大変な忘れ物に気が付く。
「キェー!」

慌ててギャラリーへ。

「禍福は糾える縄の如し」
こんなたいそうなことはないにしても昔の人はようゆうた。

でも、足が痛くない。楽になっていることに気づく。
リンパマッサージは良い。
陽子さん、サンキュ。
上手です。

チャンチャン。

2011/05/18

田中智子さんの個展 「本のとなり 私のとなり」


乾漆の作家、田中智子さんの展覧会が明日から京都で始まります。

「本のとなり 私のとなり」

2011年5月19日(木)~24日(火)
12:00~19:00最終日は17:00まで 無休




多分、あの生きているのか死んでいるのか、動物なのか人なのか、悲しいのか、ボーッとしているのか、よくわからない奴が本の支えになっているのでしょう。

ゆうえいは、そういうものを創る田中さんの事が大好きですし、
そういうもの自体もとても好きです。

「今までに読んだ本の中で好きな本を10冊あげるとしたら何ですか?」
いつぞや田中さんに尋ねられましたが答えられなかった。
本好きを自認しているのですが、なかなか難しい。

たいてい、本を手にするのは、
本屋をブラリしていて目に止まった時。
まず、自分の為になる本なんていうような目的を持って本は選ばない。

読了後、嬉しいのは、
その本に感動させて貰えた時。
大笑いをした時。
涙した時。

でもいつの間にやらその本の題名すら忘れている。

でも何年か後、何かの時に、思い出す。

今まで読んできた本が、にょっこりと現れて
「こういうことだったのか。」とか
「こんな場面、どこかで・・・。」とか思うこともよくある。

誰かと話している時に、
「そう言えば、あの本にこんなことが書いてあったわ。」
なんて、言葉を口にする事もしょっちゅう。

ゆうえいが本に思うことは、
みさかいなく読んだ本は、自分の細胞を作っているということだ。

ゆうえいは、本当に読みやすい本しか読めないが、

インテリジェンスがある、ということは、
どれだけ質の良い本を、たくさん読んでいるかではないだろうか。

2011/05/17

雷警報も初体験。ボギーも初体験。


ギャラリーを休んで又ゴルフに。

初めての三田レークサイドは、とても良いコースでした。

なんと、ボギー一回。この時はチームの中で一番。
ダボ二回。

パー一回。ただこれは、途中で雷警報のサイレンが鳴り、全員パー。
逃げ込んだ茶店にいた人達は、中年以上。

後ろから来るやや若い女性達は、平気で続けていた。

先のチームの人が進むのを待っている。

午前中は、日焼けが気になる晴天でしたが、
最後の2ホールは、大変な雨に会い、ゆうえいは、パス。


コースから見えた発電所。


晩御飯の一品。

きりんちゃん家の蕗、大山のタケノコと蕨、干しシイタケ、鶏肉のごった煮。
美味しかったです。

器は、美山で買った光藤さんの新作。


穴窯で焼かれた味わい深い鉢。
自然の灰釉が良い。

2011/05/16

長のお仕事お疲れ様。少々長いです。よろしくお願いいたします。

二日目の朝 石様と。

なんの腐れ縁か、我が家の近くの児童公園で出会ってから、30年余り。
お互いに、一才になるかならないかの息子を連れ、砂場で出会う。

ゆうえいが明石でずっと過ごしている間、
石様は、私が知っているだけでも、須磨、沖縄、大阪、東京と移り、その地域だけでも何度も引越しを続けた。
小柄で、静かで、目の大きい息子さんは、187㎝のハンサムなナイスガイに成長、かいがいしく母親の世話を続けていた。
彼は夏には父親になる。

東京で、ソフトウエアの開発、システム設計がメインの会社を設立して21年。
大変な忙しさの中、たくましく遊び、しかも、自宅でパンを捏ね、味噌を作る。らっきょも、ジャムも、挙げていたらきりがない。

その石様が、今年の四月に長年考えていた社長業離脱をうまくやってのけた。
ここのところ、日本(今は。)全国に報告の行脚をしている。

昨日から関西。
スタートをゆうえいがもらい、
美山へお連れした。

美山かやぶき美術館で
光藤佐さんが、陶展を開催中。
石様は光藤さんが東京で展覧会をする時、必ず駆け付けてくれている。




少々上手く撮りすぎた。




光藤さんが京都綾部と美術館の往復の送迎に来てくれた。


真似しゴンボ



大雨の中の窯焚きを終えたばかりで疲れていただろうにありがとう。


蕎麦屋の入り口


とても薄味で美味しかった。


物思いに耽る石様






蕎麦屋を出で界隈を散歩。
空は青いし風は気持ち良い。

ゆうえいは、写真を撮るのが楽しかった。


川の中まで入って行った。




対岸の山藤
この季節は、あちらこちらに山藤が。


へびいちご


お気に入りの一枚
源氏菊



光藤さんとお別れし、特急に乗り込む。

行き。
旅の始まりにカンパーイ。

帰り、石様作のクッキーと、入れてきてくれたコーヒーでお茶。


京都、鴨川縁に建つホテルへ。

かなりの小食の石様。
ゆうえいが自分の食べたい物をいろいろ取って、それを一口づつ食べる。


生湯葉の刺身

豆腐と生麩の田楽


若鮎 美味しかった。
家人よ、ごめん。

焚き合わせ

おつくりは、なんとかエビと、かんぱち、いか。

京料理は本当に嬉しい。
丁寧である。

もちろん、これに、燗酒。
京野菜のてんぷらをご飯のおともにいただいた。

すっかり暗くなった鴨川辺で暫くおしゃべり。
9時過ぎにはそれぞれの部屋へ。

朝、朝風呂にゆっくり浸かり、楽しみの朝食。

お粥定食。
説明するまでもない。


ホテルの庭の杉苔。
すごく小さい。

ホテルの庭の木


鴨川のほとりのぺんぺん草

これは何ですか。


石様、長い間お疲れ様。
だがしかし、きっと石様の活躍はまだまだ続く。

また竜巻のように現れてね。