2011/01/30

渡部味和子ちゃん。おめでとう!やっぱり行くから・・・。


「おめでとう!!!」

渡部味和子ちゃんが、
「第20回秀明文化基金賞」を受けました。

受賞記念展が信楽の「陶園」さんで開催されています。


明日の月曜日しか行けません。

先日、ギャラリーに来ていた、陶芸の森のMINOちゃんが、
「JR石山から信楽行きのバスがこの季節、午前中は、ほとんどないから送り迎えをする。」と、言ってくれました。

でも、ゆうえいは、岩手から帰ってからというもの、悔しいことに体調が悪い。
朝は何とかなるから、出勤するが、ギャラリーでは、鍵を閉めてソファでダラアとしている。
お客様がいらしたら、おしゃべりしているうちに元気になる。
帰りの車中では
「もうあかん。」ということで、家人にお迎え要請。
帰り着いたら、口も聞けず、コートだけ脱いでベッド。
「休め。」という家人の命令を完全に無視して、又出勤という毎日を過ごした。
しかし、悔しいと書いたものの、しんどいのが終わると本当に岩手が終わってしまう。
それも淋しいやん。
しんどくなるのも覚悟の上。怖い思いも覚悟の上。
そんなことの数百倍、岩手の旅も、思いでも、ゆうえいに良い思いをさせてくれた。

ただ、昨日から家人が同じ症状になった。
「あれ?うつるようなことではないのに。」
しかし、うつるんだったら大変なので、とても楽しみにしていた事を1つキャンセル。

今日、日曜日の大切な仕事の打ち合わせも延期してもらう。
「ほんまにごめんな。」

明日の信楽行きもやめにした。

何故かというと、その次の日の火曜日は、家人が前からエントリーしてくれているゴルフ。
体調二人とも壊しているのに、どちらの口からも出る言葉が、どうやったら、まっすぐ飛ぶか、ということ。
「やめよう。」という言葉はでない。
だから、ゴルフははずせない。外すと、夫婦の危機である。
家人は、今度のゴルフが寒くないようにと、
ゆうえいが岩手に行っている間に、真っ赤のゴルフ用のダウンジャケットを買ってくれている。

しかし、
こんな時に、展覧会に行かないなんて。
なんて甘ッちょろいことを考えたのだろう。延期できへん事やんか。
しかも本当にしんどい時よりうんと元気になってる。
いやもう、すっかり元気や。
気持ちの持ち方である。
次の日のことを考えて、今自制するなんて事、大嫌いだったはずなのに。

明日、行く。
行くわ。
後悔だけはしたくない。

味和ちゃん、待っててな。

2011/01/29

酒文化研究所の月刊誌に「日向燗」展の事をあげてもらいました。後ツラツラと。

月刊酒文化

酒に関するの本格的な研究所の月刊誌に取り上げていただきました。



何度かの取材を受けたとはいえ、こんなにも、理解をしていただいて、的確にレポートをまとめてもらったことは、ありがたいことです。
相手に、色々と聞き、しっかりと知ってから、文章にする、ということがどんなに大切か再確認いたしました。

ゆうえいは、親しい方が、「酒文化」で創業時から活動をしているということから、
日本酒、どぶろくに大変興味を持っています。

最初に関わらせていただいたのは、ギャラリーを開く前です。
「酒文化研究所」が主催されました、新酒の試飲会に何度か出席いたしました。
全国の蔵元から出品されたお酒と、美味しい料理、それに狂言もセット。
その狂言も人間国宝の茂山千作さん、その一門による素晴らしいものでした。

それから、どぶろく。
「どぶろくと女」(阿部健著)が、発行されるにあたり、ゆうえいは、楽しいところだけをちょこちょことつまみ食い。
一昨年には、山形で行われた、全国ドブロク大会にまで参加してきました。
なにより、
「どぶろくと女」を読んで、ドブロクという飲み物から、女性が、常に翻弄されながらも時代、時代を頼もしく生きてきたことを思い、同じ女性として、先輩たちを誇らしく思います。
特に明治時代に、深く興味を持ちました。

「月刊酒文化」の裏表紙に、
「人と社会にとってよい酒のあり方を考える。」
と、あります。

身体を大事にして、美味しい酒を、美味しく、いつまでも楽しみたいと思います。
身体の事なんか何も考えずに呑んでいた時から、すぐです。
身体の事を考えながら呑まないといけなくなるまでは。
皆様。
聞いていますか。

2011/01/28

大沼さんの器が届きました。


岩手で、大沼さんと展覧会の打ち合わせをしてきました。
今年は日が合わずに来年の5月頃にします。
少しだけ買付した器が届きました。
灯油窯です。


黒釉ポット 黒釉デミ



黒釉角深鉢


つまようじを入れたらちょうど良い大きさ


渋黒丸皿
すごく良いです。
6寸くらいの大きさ


渋黒丸鉢


大きな角皿
アラ炊きをドカンと入れたら良い感じ。


織部取り皿

番茶碗 上の取り皿と合わせてみました。
汲み出しですね。
たっぷりとしていて、何かと重宝しそうです。


大沼さんの地元で作られた葡萄ジュースが入っていました。
すごく美味しい。
ご馳走様です。

写真ではうまく撮れませんかどの器も、何を盛ろうかと楽しみになります。
見にいらしてくださいね。

2011/01/27

遠野のなせる業・・・妄想に拍車。



二日目の宿は
遠野「民宿 曲り屋」

次の日の朝なので明るい。

ネットで調べて電話をした時、宿の人に
「こんな時期に女の人が一人で大丈夫か。」と何度も言われましたが、
「大丈夫です。そこへ伺いたいから。」と言って予約をしました。

着いた時は、午後6時。
真っ暗。
宿は市街から離れた山の中。
送ってきてくださった大沼夫妻は、とても心配そうに、
「何かあったら、すぐに電話をするように。」と言って帰っていきました。

宿泊客はゆうえい一人。
裸電球がいくつかついているだけの薄暗い宿。
70代のご主人と、息子さんと娘さんが暖かくもてなしてくださいました。


一人分の鮎


燗酒



宿のあちらこちらに、
「部屋では、禁酒、禁煙、10時消灯の事。
守らなければ
市中引き回しの上、斬首の刑に処す。」と書いた紙が貼ってあるのです。

今なら、笑えますが、その時は、
「わかりました。」という感じでした。

部屋は、障子。下の方が、ガラスになっていて、電気を消したら座敷童がのぞいているようで、恐ろしくて恐ろしくて。


宮沢賢治記念館の館長が拾ってくれた、杉ぼっくりと松ぼっくりの絵を何枚も何枚も書きました。
テレビもラジオも新聞もない宿。
電気をつけていたので、怒られたらどうしようと思いながら、
「消したら眠れません。」と、言おうと決めました。

それでも、いつの間にか朝。
7時に食事をして、タクシーで遠野駅へ。


見送ってくれた息子さん。

でも、
とても良い思い出になりました。
岩手の山村の昭和の頃の生活を守り続けていらっしゃる宿。
又、行きます。
今度は、もっとゆっくり囲炉裏端に居て話をしよう。
朝ごはんのひっつみ汁、美味しかったです。
晩御飯も、いっぱい作ってくれたのに、ほとんど食べられなくてごめんなさい。
一人の客に、いっぱいあちらこちらにストーブをいれてくれてありがとう。

遠野は、零下17度でした。


駅までのタクシーの中から。


釜石線の車中から。








釜石線は、銀河ドリームラインと別名があります。
もちろん、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」からです。
どの駅にも、エスペラント語の名前がついていて、
写真のような、星がてっぺんについた、駅名があります。

夢のようでした。

釜石線 (銀河ドリームライン)


花巻駅       Ĉielarko(チェールアルコ:虹)
似内駅       La Marbordo(ラ・マールボルド:海岸)
新花巻駅      Stelaro(ステラーロ:星座)
小山田駅      Luna Nokto(ルーナ・ノクト:月夜)
土沢駅      Brila Rivero(ブリーラ・リヴェーロ:光る川)
晴山駅      Ĉeriz-arboj(チェリーズ・アルボイ:桜並木)
岩根橋駅      Fervojponto(フェルヴォイポント:鉄道橋)
宮守駅        Galaksia Kajo(ガラクシーア・カーヨ:銀河のプラットホーム)
柏木平駅    Glanoj(グラーノイ:どんぐり)
鱒沢駅      Lakta Vojo(ラクタ・ヴォーヨ:天の川)
荒谷前駅     Akvorado(アクヴォラード:水車)
岩手二日町駅  Farmista Domo(ファルミスタ・ドーモ:農家)
綾織駅               Teksilo(テクシーロ:機織り機)
遠野駅              Folkloro(フォルクローロ:民話)
青笹駅              Kapao(カパーオ:カッパ)
岩手上郷駅      Cervodanco(ツェルヴォダンツォ:鹿踊り)
平倉駅              Monta Dio(モンタ・ディーオ:山の神)
足ヶ瀬駅           Montopasejo(モントパセーヨ:峠)
上有住駅          Kaverno(カヴェルノ:洞窟)
陸中大橋駅      Minaĵo(ミナージョ:鉱石)
洞泉駅              Cervoj(ツェルヴォイ:鹿)
松倉駅              La Suda Kruco(ラ・スーダ・クルーツォ:南十字星)
小佐野駅         Verda Vento(ヴェルダ・ヴェント:緑の風)
釜石駅             La Oceano(ラ・オツェアーノ:太洋)

釜石線から、三陸リアス線に乗り換え、終点まで行き、又引き返して、釜石線で盛岡に出ました。
三陸リアス線は、トンネルばかり。
演歌の世界を期待して乗り込みましたが、太陽が燦々。


2泊3日の岩手の旅行が終わりました。
大熊さん、ちゃうちゃう。
大沼さん、由樹さん、ありがとうございました。
来年の5月、展覧会お願いしますね。


細胞の一つ一つに、スターダストが入り込んだ感じがしています。


2011/01/26

二日目。志和稲荷神社から工房。イギリス海岸等々を経て、遠野へ。

二日目の朝。ホテルの窓から。午前6時。

一日目の晩御飯は、大沼夫妻の行きつけの焼肉屋へ。
大沼道行さん、由樹さん夫妻

由樹さんは、辺見エミリを優しくして可愛くしたような美人。
大沼氏は見ての通り。
「どうしてぇー。」

「人形と熊ね。」と言うと、
「どちらも人じゃないじゃないですか。」と。

工房へ伺うのは次の日にして、ゆうえいは、大沼家の近くの温泉付きの宿泊施設に。
予定していた、大沢温泉自炊部は、家人と、由樹さんの強い反対にあい、あえなく断念。

でも、それも、次の幸せな出来事に向かうために計られていたものでした。

10時のお迎えを待っていた時に、
「急用が出来たので、午前中は一人で過ごしてください。」という電話。
「全然問題ないよ。」と返事をし、
ホテルの人に理由を説明し、近くの神社に行ってくるので、荷物を預かってくださるようにお願いしたところ、
「自家用車で申し訳ないけれど、お連れします。」との暖かい言葉。
「大丈夫。」とお断りをしましたが、結局甘えました。
ただ写真をゆっくり撮りたいので帰りは歩こうと、思いましたが、お迎えもしてくださることになりました。
「ラ・フランス温泉館」です。
温泉もとても良い。
美人の湯らしいです。
スタッフの方々も素晴らしい。

志和神社。
本当に、ゆうえいの表現力の無さが悲しい。

三脚担いでいきました。


志和稲荷神社入り口。
三脚たてて一人でポーズ。
笑っちゃいました。










綺麗な鳥居がいろんな方面に向かっている。
ほとんどみな歩きました。

志和神社から、下っていくと
志和古神社が。

前の祠には狐様のミイラが。
さすがに写真にはようおさめませんでした。
しっかりと、目には焼き付けました。

ここで、ホテルにお迎え依頼の電話をしようとしたところ、
大沼さんから電話があり、拾ってくれました。

本題の工房へ。

デザイナーが建てた家を買い取られてお住まいです。


唐津の陶片
本棚が魅力的でした。


薪ストーブ
灰をここから取って釉薬に。



工房を後にして、3人でお昼に。
ゆうえいのたっての願いで蕎麦屋へ。
由樹さんは、岩手の白金豚のカツどん。
ゆうえいは10割の天ぷら盛り蕎麦と白金豚のロースカツと燗酒をいっときました。
写真、失念。

そして宮沢賢治のお墓詣り。

花は造花↘。

お寺の境内の木

そして、イギリス海岸へ。
賢治が来ていた頃は、底の石が出ていて、その上が白くなっていたらしい。
それを見た賢治が、イギリスの石が塩で白くなっていることから、
「イギリス海岸」と名づけたそうです。
昨日の館長の話から。




雪を踏みしめて歩きました。
膝まで沈みました。
長靴大正解。
楽しかったです。



宮沢賢治の記念公園

「風の又三郎」の群像


「風の又三郎」  宮沢賢治

どっどど どどうど どどうど どどう
青いくるみも 吹きとばせ
すっぱいくゎりんも ふきとばせ
どっどど どどうど どどうど どどう


遠野 めがねばし

変な色のライトが気にくわぬ。

日が暮れるのが、早いです。

二日目の宿「民宿 曲り屋」に送っていただきました。

着いた時には、あたりは真っ暗。

そこで、大沼夫妻と別れ、恐ろしい夜が始まりました。

続く。

岩手花巻空港に降り、大沼道行さん、由樹さんの工房へ。1日目は、宮沢賢治。

胡四王山から望む
オレンジに染まる早池峰山(はやちねさん)

いつぞや、ブログで紹介した、岩手の大沼さんを尋ねた。

午後三時過ぎに岩手花巻空港に着陸。
大沼夫妻が迎えてくれた。

そのまま、
宮沢賢治記念館へ。

雪が、雪が、雪が綺麗!


「まあ、こんなものか」という感じの記念館。
綺麗過ぎるねん。

しかし
館内で館長(後で知る)と出会い最高の記念館に。


これは館内から。
岩手には珍しいお天気だとか。

「近くに、賢治ゆかりの胡四王神社がある。だから、記念館はここにつくった。
歩いて10分か15分のところにあって、そこからの景色が素晴らしい。」
館長の言葉を聞いて、もう、身体はそちらに向かっていた。
大沼さんも誘って、山道を歩いていたら、後ろから館長が。




長靴大正解


途中、狐の足跡やら、カモシカの足跡が


胡四王神社
とても手の込んだ素晴らしい神社。


北上川


単線釜石線 別名「銀河ドリームライン」
もちろん、銀河鉄道の夜から。
三日目は、この電車の端から端まで乗る。


右の上にうっすら見せる岩手山

館長、大沼さん、寒いの苦手な由樹さんもやってきて、
寒いのだろうけれど、全然寒くない胡四王山山頂のひととき。

記念館に戻って、館長にイギリス海岸の写真を見せていただきながら、イギリス海岸の話を聞く。
それから、ほかにも、賢治に関連のある、動物やら、植物の写真も見せていただく。
それらの写真は全て館長撮影。


優しい館長と。
横に、けったいなもんが・・・。
親切にしていただいてありがとうございました。


日が暮れて、少し電灯がつきだした。記念館から。

飛行場についてまだこの時間まで二時間足らず。
ああ、充実。
「もうこれで良い。」と、思ったけれど、ちゃうちゃう。
メインは大沼さんの工房。


山の上にも、雲の上にも、平野にも、雪の道路にも、グチュグチュの道路にも、
ハットを被り、
大き目のロングコートのポケットに手を突っ込んで、俯いて歩いている賢治さんがいる。